禁煙会誌 第4巻第1号 2009年2月1日


目次



《巻頭言》 巻頭のことば 作田 学
 
《原著論文》 禁煙治療1年後の禁煙率とタバコに対する認知の変化
‐加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)による評価‐
栗岡成人、他
 
《原著論文》 薬学生を対象とした禁煙支援教育の効果 岸本桂子、他
 
《特別寄稿》 タバコ規制枠組み条約第3回締約国会議(COP3)の参加報告 宮﨑恭一
 
《記 録》 日本禁煙学会の対外活動記録(2008年12~2009年1月)

日本禁煙学会雑誌第4巻第1号 2009年2月
第4巻第1号PDF版
(779KB)



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《巻頭言》

巻頭のことば

NPO法人 日本禁煙学会
理事長 作田 学

 このたび編集委員長を金子昌弘理事に交替いたしました。ちょうど2年間になりますが、この間ずいぶんいろいろのことがありました。南山堂から禁煙学を発刊し、禁煙学ということばもすでに人口に膾炙(かいしゃ)したように思っております。
 禁煙学の重要性について考えてみたいと思います。喫煙によって一年間に約20万人が亡くなっています。日本人中年男性の全死亡に関連する因子を国内の大規模コホート調査で見てみましょう。これには5つの研究、すなわち、NIPPON DATA80、山形基本健康診査予後研究、厚生労働省多目的コホート研究、宮城コホート研究、茨城県検診受診者生命予後追跡事業があります。
 それによりますと、高コレステロール血症あるいは高BMI(肥満)はこの因子としてはほとんど寄与しておりません。3万人以上を対象とした茨城県のコホート研究によれば、糖尿病は4%、高血圧は11%寄与しています。そして、喫煙はじつに24%であり、断然一位であります。他の4つの調査でも同じように17%~34%となっており、圧倒的に1位であることに変わりありません。(松崎道幸:日本医事新報4302, 2006/10/7)。
 それにもかかわらず、喫煙の危険性、禁煙の必要性はいまだに広く知られてはいません。これは国民に意図的に知らされていないことがタバコ産業の内部文書で明らかになって参りました。それだけではなく、彼らは16計画というもので、16歳までにタバコを始めさせるにはどういうことが大切かを研究していたのです。その研究成果は最近のポスターにもよくあらわれています。JTの作った未成年者喫煙防止のポスターには一人、あるいは二人が写っていても遠く離れています。それに対してタバコのポスターには複数の人間が重なり合って写っており、親密感、仲間意識、連帯感を強調したものとなっています。
 日本禁煙学会雑誌は、医師・歯科医師・薬剤師・看護師・弁護士・教師・活動家・一般主婦などあらゆる職種の人々が読んでいます。そして、禁煙学はこれらの人々によって、それぞれの分野において急速に開拓されつつあります。これからも禁煙学会雑誌はあらゆる人たちに開けた、信頼される学会雑誌であり続けたいと思います。



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《原著論文》

禁煙治療1年後の禁煙率とタバコに対する認知の変化
‐加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)による評価‐

栗岡成人1,6、廣田郁美1、吉井千春2,6、稲垣幸司3,6、瀬在 泉4,6、加濃正人5,6

1. 城北病院
2. 産業医科大学呼吸器内科
3. 愛知学院大学短期大学部歯科衛生学科
4. 筑波大学大学院人間総合科学研究科
5. 新中川病院
6. 禁煙心理学研究会:加濃式社会的ニコチン依存度(KTSND)ワーキンググループ
連絡先
〒606-8053
京都市北区上賀茂岩ヶ垣内町99番地 医療法人 財団 康生会 城北病院
  栗岡成人
  TEL 075-721-1612 FAX 075-701-7399
  E-mail:jhkpre@skyblue.ocn.ne.jp

キーワード:禁煙治療、禁煙率、心理的ニコチン依存、加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)

1.はじめに
 喫煙は各種のガン、虚血性心疾患、脳血管障害など生活習慣病の最大の危険因子であり、禁煙治療・支援は医療機関の重大な社会的使命である。2005年秋に禁煙関連9学会の「禁煙ガイドライン」が公開され、「喫煙は“喫煙病(依存症+喫煙関連疾患)”という全身疾患であり、喫煙者は“積極的禁煙治療を必要とする患者”である」1)という認識が示された。このような流れを受けて、2006年4月から禁煙治療に保険が適用となり既に2年が経過した。2005年2月にタバコ規制枠組条約(FCTC)が発効し、世界的にタバコ規制が進んでいるが、日本でも今年からICカードによる成人識別機能付きタバコ自動販売機(タスポ)が全国的に導入され、その問題点が指摘されている。またタバコ1箱1000円というキャッチフレーズでタバコ税の値上げが話題となり、神奈川県では受動喫煙防止条例の制定が検討されている。さらに、新しい経口禁煙補助薬であるバレニクリン(商品名:チャンピックス®)が薬価収載され、2008年5月から使用可能となり、禁煙希望者も増大傾向にある。そして禁煙治療の拡大とともにその問題点と課題が明らかになりつつある。著者らは本誌において禁煙保険治療3か月後の成績を報告したが2)、今回は城北病院禁煙外来における禁煙保険治療1年後の禁煙率と、禁煙治療によるタバコに対する認知の変化について検討した。

2.対象と方法
 2006年4月から2007年3月末までに城北病院禁煙外来を受診した61名を対象に、そのプロフィールを集計し、分析した。初診時に「禁煙治療のための標準手順書第2版」3)の帳票を一部改変したアンケートを施行し、その中から検討項目として、性別、年齢、喫煙開始年齢、1日喫煙本数、喫煙指数(喫煙年数×喫煙本数)、タバコ依存度スクリーニングテスト(TDS)、Fagerström Tolerance Questionnaire(FTQ)、加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)、一酸化炭素(CO)濃度、受診回数、禁煙歴、同居人の喫煙、喫煙の自信度(「全く自信がない」を0%、「大いに自信がある」を100%として0-100%の当てはまる数字を書く)、自覚症状(症状)、治療中の病気(持病)、精神疾患(統合失調症、うつ病、パニック障害など精神疾患で治療中のもの)の有無を取り上げた。禁煙治療は「禁煙治療のための標準手順書第2版」に準拠して行い、1名を除きニコチンパッチ製剤(商品名:ニコチネルTTS®)を使用した。なお、1年後の禁煙状況は初診から1年後にKTSNDを含むアンケート(表1)を受診者全員に郵送し、禁煙していると回答したものを禁煙成功、喫煙していると回答したもの、外来受診など他の手段で喫煙が判明したものおよび回答がなかったものを禁煙不成功(不成功)とした。また、初診時、1年後にKTSNDの有効回答が得られた例について、禁煙群と喫煙群に分類して検討した。統計処理として、男性と女性および禁煙成功と不成功、KTSNDの禁煙群と喫煙群との比較にはMann-Whitney検定、Fisherの直接確率法を、KTSNDの初診時、1年後の比較にはWilcoxon符号付き順位検定を用い、p<0.05を有意とした(SPSS 11.0J for Windows)。

表1 タバコに関するアンケート
表1 タバコに関するアンケート
初診から1年後に喫煙状況を調査するためKTSNDを含むアンケートを受診者全員に郵送した。

3.結果
 受診者61名のプロフィールは、男性35名、女性26名、平均年齢51.7±13.2歳(SDで示す以下同じ)(範囲28~74歳)、、喫煙開始年齢22.9±8.2歳(範囲13~58歳)、1日喫煙本数27.6±13.8本(範囲8~90本)、喫煙指数767.2±469.0(範囲200~2,520)、TDS 7.8±1.5(範囲5~10)、FTQ 6.1±1.9(範囲3~10)、KTSND 総合得点15.1±4.9(範囲3~28)、CO濃度25.5±14.5ppm (範囲4~78ppm)であった(表2)。また、禁煙歴、同居人の喫煙、喫煙の自信度、症状、持病、精神疾患の有無については表3のとおりであった。
 男女別に受診者のプロフィールをみると、女性で喫煙開始年齢が有意に高く、喫煙指数、KTSNDの総合得点が有意に低値であった(p<0.01)。また女性で同居人の喫煙ありが有意に多かった(p<0.05)。年齢は男性が高く、CO濃度は女性で高い傾向があったが有意ではなかった。その他の項目では男女間に差はなかった。受診者の年齢分布は、男性では50歳代にピーク、女性では40歳代にピークがあった。
 既報のとおり、受診者61名のうち、3か月の禁煙治療終了者数は38名(62.3%)、途中脱落者は23名(37.7%)であった2)。
 1年後に受診者全員にアンケートを送付し、29名より回答を得た。禁煙していると回答したもの22名、喫煙していると回答したもの7名であった。すなわち受診者61名のうち、1年後の禁煙者数は22名(36.1%)であった。禁煙治療終了時に禁煙していた29名のうち1年後に禁煙と回答したのは19名(65.5%)であった。禁煙治療途中脱落23名のうち禁煙と回答したのは3名(13.0%)であった。1年後の男女別禁煙率は男性35名中14名(40%)、女性26名中8名(30.8%)で、男性の方が禁煙率は高かったが有意差はなかった。
 1年後の時点で禁煙成功群(禁煙成功)と、脱落例を含む不成功群(不成功)のプロフィールを比較すると(表4)、不成功で同居人の喫煙比率が有意に高かった。また不成功で1日喫煙本数、喫煙指数、TDS、FTQ、KTSND、CO濃度が高い傾向にあったが有意差はなかった。その他の項目では禁煙成功と不成功に差は見られなかった。
 1年後に回答があった29名および禁煙できず1年後再度禁煙外来を受診した4名、合計33名のうちKTSNDの有効回答が得られたものは29名で、禁煙群が20名、喫煙群が9名であった。1年後のKTSND総合得点のmean±SDは全体で12.9±5.9であり、禁煙群12.0±5.1が喫煙群14.9±7.5より低値であったが有意差はなかった。
 KTSNDの設問別に初診時と1年後のKTSNDを検討すると(表5)、KTSND得点の変化は禁煙群では問6「タバコの効用」、問7「ストレス解消作用」、問10「灰皿」で有意に低下しており、問8「頭の働き」で低下傾向(p=0.052)にあった。喫煙群では得点の有意な変化は見られなかった。1年後の禁煙群と喫煙群の設問別得点の比較では、問6「タバコの効用」、問7「ストレス解消作用」で有意差があった(p<0.01)。また初診時と1年後のKTSNDの得点差をKTSND差分(⊿KTSND)として、総合得点および設問別に比較すると(表6)、⊿KTSNDは問6、7、8で禁煙群の方が喫煙群に比較して有意に大きかった。

表2  禁煙外来受診者の性別プロフィール1

 

男性(35

女性(26

合計(61

年齢

53.4±13.6

49.4±12.6

51.7±13.2

喫煙開始年齢*

20.2±4.2

26.5±10.7

22.9±8.2

喫煙本数

29.2±12.3

25.5±15.7

27.6±13.8

喫煙指数*

903.4±445.5

583.7±443.9

767.2±469.0

TDS

7.9±1.5

7.7±1.6

7.8±1.5

FTQ

6.3±2.0

5.9±1.9

6.1±1.9

KTSND*

17.2±4.6

12.4±4.0

15.1±4.9

CO濃度

22.9±12.9

28.7±16.0

25.5±14.5

*女性では男性に比べ喫煙開始年齢、喫煙指数が高く、KTSNDが低かった( p<0.01)。

禁煙外来受診者61名の男女別プロフィールである


表3 禁煙外来受診者の性別プロフィール2
表3 禁煙外来受診者の性別プロフィール2
禁煙外来受診者61名の男女別プロフィールである


表4 禁煙治療1年後の禁煙成功と不成功の比較

 

禁煙成功(22

不成功(39

男性/女性

14/8

21/18

初診時年齢

50.8±15.4

52.2±12.0

喫煙開始年齢

22.7±7.5

23.0±8.7

喫煙本数

24.5±8.2

29.4±16.0

喫煙指数

666.0±364.0

824.2±514.7

TDS

7.4±1.5

8.1±1.5

FTQ

5.7±1.9

6.4±1.9

KTSND

14.5±5.1

15.4±4.9

CO濃度

 24.8±12.0

25.9±15.8

禁煙の自信(%)

51.8±28.7

56.3±24.5

禁煙歴あり(%)

16 (72.7)

23 (59.0)

同居人の喫煙あり(%) *

4 (18.2)

23 (59.0)

症状あり(%)

11 (50.0)

17 (43.6)

持病あり(%)

12 (54.5)

25 (64.1)

精神疾患あり(%)

1 (4.5)

8 (20.5) 

*不成功では禁煙成功に比べ同居人の喫煙ありが高率であった(p<0.05)。

禁煙治療開始から1年後の禁煙成功と不成功のプロフィールを比較した。


表5 禁煙治療1年後の禁煙群と喫煙群におけるKTSND項目別推移
表5 禁煙治療1年後の禁煙群と喫煙群におけるKTSND項目別推移
禁煙治療1年後の禁煙群と喫煙群においてKTSNDの項目別に初診時、1年後のKTSND得点を比較した。


表6 禁煙群と喫煙群の初診時と1年後のKTSNDの得点差(⊿KTSND)

 

禁煙(n=20 喫煙(n=9
⊿総合得点 -4.05±5.84 -0.11±6.81
⊿問1 0.15±1.46 -0.33±0.50
⊿問2 -0.10±0.79 0.00±1.00
⊿問3 -0.45±1.70 0.22±1.92
⊿問4 0.00±0.97 0.56±1.24
⊿問5 0.10±1.41 0.00±1.32
⊿問6* -1.75±1.12 -0.67±1.32
⊿問7* -1.10±1.12 0.22±0.67
⊿問8* -0.35±0.75 0.44±0.73
⊿問9 -0.10±0.79 0.00±1.22
⊿問10 -0.45±0.76 -0.56±1.01

*KTSNDは禁煙群で喫煙群に比べて有意に大きかった(p<0.05


初診時と1年後のKTSNDの得点差を禁煙群と喫煙群で比較した。



4.考察
 ニコチン依存症は「再発しやすいが繰り返し治療することにより完治しうる慢性疾患」である。一旦禁煙しても再喫煙しやすく、依存性薬物の中で、使用を再発せずに1年を過ごせた人の率が、タバコはアルコールよりも低く、ヘロインと同程度であるといわれている。それゆえ禁煙治療の成績は禁煙治療終了時などの短期成績だけでなく、1年以上の長期追跡での評価が必要である。著者らは先に禁煙治療終了時の治療成績について本誌に報告した2)が、今回は同一対象の禁煙治療開始から1年後の治療成績について検討した。本邦における長期禁煙率については、川井はニコチンパッチを使用した1年後の禁煙率を国内8文献の検討から33.6~60%としている4)。禁煙治療保険適用の検証のために行われた厚生労働省中央社会保険医療協議会総会のニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査報告書(中医協20.7.9)(以下実態調査と略)5)では禁煙治療終了9か月後(すなわち禁煙治療開始1年後)の継続禁煙率は32.6%であった。著者らの成績もほぼ同様の値であった。
 禁煙率の算定方法については、母数を何にするか、転帰不明例をどう取り扱うかで禁煙率が変化しうる。川井ら6)はKaplan-Meier法で1年後の禁煙率を56.7%と算出している。今回の調査では追跡不能例を脱落として母数から除外せず、不成功群に算定した。そのため禁煙率が実際よりも低く算出されている可能性がある。
 禁煙の確認方法は呼気COや尿中ニコチン代謝物測定などの客観的指標による調査が最も確実である。しかしながら1年後の客観的指標による調査は困難なことが多く、手紙や電話などの自己申告による調査で代替されることが多い。ただし実際の禁煙率は自己申告より低い可能性がある。実態調査では「禁煙継続」と自己申告したもの全員について呼気検査を実施した施設の成績を集約しているが、呼気CO検査結果で8ppm未満となった患者の割合は87.7%であった。「禁煙継続」としたものの割合は全患者の32.6%であったので、これに87.7%を乗じて客観的な継続禁煙率を28.6%としている5)。著者らの1年後の禁煙率36.1%は、実態調査と同様に87.7%を乗じると31.7%となる。この程度の禁煙率が一般的な禁煙外来の治療成績といえるかもしれないが、まだまだ不十分な数字である。
 著者らの成績では禁煙治療終了時の禁煙者は29名(47.5%)であったが、1年後の禁煙者はそのうち19名であったので9か月のうちに10名(34.5%)が再喫煙していることになる。長期禁煙率を向上させるためには、禁煙治療中の脱落者をできるだけ少なくすることと共に禁煙治療プログラム終了以降の支援を工夫して再喫煙を防ぐことが必要である。そのためには禁煙成功・不成功の要因を明らかにし、禁煙外来受診者各人に応じたきめ細かい対応が望まれる。
 禁煙の成功に影響する因子としては、年齢、性別、喫煙開始年齢、喫煙本数、喫煙年数、ニコチン依存度、禁煙歴、周囲の環境、禁煙の自信度、精神疾患の有無などの因子が考えられている。川井ら6)は起床後喫煙までの時間が5分以内、喫煙開始年齢が早い症例、基礎疾患のない症例が有意に再喫煙したと述べている。高橋ら7)は禁煙導入成功後の脱落例はFTQ指数が高いほど高率であり、1年後の禁煙率はFTQが高いほど低率になったと述べている。高木ら8)は精神系の基礎疾患を有したものの禁煙率が低率であるとしている。実態調査5)では、指導9か月後の状況は、喫煙年数40年未満では喫煙年数が長いほど、TDSについてはTDS点数が低いほど禁煙継続率が高く、1日喫煙本数が多いほど、ブリンクマン指数が1500以上では禁煙継続率が低いとしている。今回の著者らの検討では、同居人が喫煙する例で有意に禁煙率が低かった(p<0.05)。また女性および精神疾患を有する例で禁煙率が低い傾向がみられた。
 ニコチン依存症は、ニコチンという薬物に対する身体的依存とタバコに対する認知の歪みや行動異常をきたす心理的依存からなっている。身体的依存はニコチンガム、ニコチンパッチや経口禁煙補助剤でコントロール可能となってきたが、禁煙治療終了後の再喫煙率の高さをみても、禁煙補助剤などによる身体的依存の治療とともに心理的依存治療の重要性が示唆される。
 KTSNDは心理的依存に起因する「誤った思いこみ」(認知の歪み)を簡便に評価する指標として様々な対象に対して検討されている9~16)。禁煙外来においてもKTSNDによる禁煙、再喫煙の予測の可能性について検討されている。星野ら17)は初回面接時のKTSND差分が半年後の禁煙の成功を予測できると報告している。著者ら2)も女性の禁煙者では治療終了時にKTSNDが有意に低下することを示した。
 KTSNDは、「喫煙の効用の過大評価(正当化・害の否定)」と「嗜好・文化性の主張(美化・合理化)」を定量化する質問群から成り立っている10)。問2~問5が喫煙の美化、問6~問8が喫煙の合理化や正当化、問1,問9,問10が喫煙や受動喫煙の害の否定とされているが9)、今回の検討では問6「タバコの効用」と問7「ストレス解消」において禁煙群の1年後の得点が禁煙できなかった群に比較して有意に低下していた。また、初診時と1年後の⊿KTSNDも問6~問8で禁煙群の方が喫煙群に比較して有意に大きかった。すなわちタバコに対する認知の中でも特に喫煙の効用に対する認知が変化することが禁煙成功の鍵である可能性がある。逆に喫煙群では問7、問8の得点がむしろ増加傾向であり、喫煙の継続により喫煙の効用の過大評価を日々学習、強化し続けている可能性がある。一方、喫煙群で問1「喫煙は病気」の得点が低下傾向にあるのは、タバコをやめられない自分を「病気」と認識しつつも、喫煙を正当化しようとする喫煙者のアンビバレントな心理が反映しているのかもしれない。
 このようなタバコに対する認知の歪みをどのように是正して禁煙に導き、再喫煙を防止するのかが今後の課題であると思われる。

5.まとめ
・ 禁煙治療1年後の禁煙率は36.1%であり、さらなる禁煙率の向上のために、治療プログラム中の脱落防止と共に治療終了後の支援方法を改良する必要がある。
・ 同居人の喫煙がある例で有意に禁煙率が低く、禁煙支援には配慮が必要である。
・ KTSNDの設問別の推移を治療前と1年後で観察しえた症例において、禁煙群は「喫煙の合理化・正当化」を示す質問群で得点が低下したが、喫煙群では同じ質問群で得点が上昇傾向を示した。

本論文の要旨は、2008年8月第3回日本禁煙学会総会(広島)にて発表した。

参考文献
1) 日本循環器学会等合同研究班:禁煙ガイドライン. Circulation Journal 2005;69. Supple. :1006-1103.
2) 栗岡成人,師岡康子,吉井千春,ほか:禁煙保険治療3か月後の治療効果と今後の課題.禁煙会誌 2008;3:4-6.
3) 日本循環器学会・日本肺癌学会・日本癌学会編:禁煙治療のための標準手順書第2版. 2007年
http://www.j-circ.or.jp/kinen/anti_smoke_std/anti_smoke_std_rev2.pdf Accessed for Dec 27, 2007.
4) 川井治之:ニコチネルTTSを用いた禁煙プログラムによる1年(長期)禁煙率と安全性の検討.医薬ジャーナル 2008;44:149-153.
5) 厚生労働省中央社会保険医療協議会総会 診療報酬改定結果検証に係る特別調査(平成19 年度調査)ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査報告書(中医協20.7.9).
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0709-8k.pdf  Accessed for July 9, 2008.
6) 川井治之、柴山卓夫、多田敦彦、河原伸、宗田良、高橋清:ニコチンパッチを使用した禁煙外来患者における禁煙達成に影響する因子の検討.日呼吸会誌 2005;43:144-149.
7) 高橋浩、加藤博也、藤本佳史:当院におけるニコチンパッチによるニコチン代替療法の2年間の成績. 広島医学 2001;54:666-668.
8) 高木啓吾、加藤信秀、笹本修一、泰美暢:禁煙外来の実際 日気食会報 2005;56:424-430.
9) Yoshii C, Kano M, Isomura T, et al: An Innovative Questionnaire Examining Psychological Nicotine Dependence, “The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND) ”. J UOEH 2006; 28 : 45-55.
10) 吉井千春, 加濃正人, 稲垣幸司, ほか: 加濃式社会的ニコチン依存度調査票を用いた病院職員(福岡県内3病院)における社会的ニコチン依存の評価. 禁煙会誌 2007;2:6-9.
11) 吉井千春,栗岡成人,加濃正人,ほか:加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)を用いた「みやこ禁煙学会」参加者の喫煙に関する意識調査.禁煙会誌 2008;3:26-30.
12) 栗岡成人,稲垣幸司,吉井千春,ほか:加濃式社会的ニコチン依存度調査票による女子学生のタバコに対する意識調査(2006年度).禁煙会誌 2007;2:3-5.
13) 栗岡成人,吉井千春,加濃正人:女子学生のタバコに対する意識 加濃式社会的ニコチン依存度調査票Version 2による解析.京都医会誌 2007;54:181-185.
14) 遠藤 明,加濃正人,吉井千春,ほか:小学校高学年生の喫煙に対する認識と禁煙教育の効果.禁煙会誌 2007;2:10-12.
15) 遠藤 明, 加濃正人, 吉井千春, ほか:中学生の喫煙に対する認識と禁煙教育の効果.禁煙会誌 2008;3:48-52.
16) 遠藤 明,加濃正人,吉井千春,ほか:高校生の喫煙に対する認識と禁煙教育の効果.禁煙会誌 2008;3:7-10.
17) 星野啓一、谷口千枝、稲垣幸司ら:加濃式社会的ニコチン依存度質問表(KTSND)は半年後の禁煙成功者を予測しえるか?(初回面接時のKTSND差分の有用性について)(会).第2回日本禁煙学会学術総会プログラム・抄録集 2007 p48.
http://www.nosmoke55.jp/gakkai/200708/0708jstc_council.pdf  Accessed for Oct 26, 2008.


Smoking cessation rate one-year after smoking cessation program and evaluation of smoker’s perception of smoking using the KTSND (The Kano Test for Social Nicotine Dependence) questionnaire.

Narito Kurioka1,6, Ikumi Hirota1, Chiharu Yoshii2,6, Koji Inagaki3,6, Izumi Sezai4,6, Masato Kano5,6

We evaluated sixty-one outpatients who visited the smoking cessation clinic at Johoku Hospital from April 1st 2006 to March 31st 2007. A 61 patients were composed of:is as follows: 35 male and 26 female patients, mean age 51.7 ± 13.2 (mean ± SD) ranging in age from 28 to 74 years old, Age of starting smoking 22.9 ± 8.2 ranged from 13 to 58 years old, number of cigarettes per day 27.6 ± 13.8 from 8 to 90, , smoking index(number of cigarettes per day×years of smoking) 767.2 ± 469.0 from 200 to 2520, TDS(Tobacco Dependence Screener) 7.8 ± 1.5 from 5 to 10, FTQ (Fagerström Tolerance Questionnaire) 6.1 ± 1.9 from 3 to 10, KTSND (The Kano Test for Social Nicotine Dependence ) 15.1 ± 4.9 from 3 to 28, CO concentration 25.5 ± 14.5 ppm from 4 to 78 ppm, The starting age of smoking was significantly higher in females and the smoking index and the scores on the KTSND were significantly lower in females. We regarded patients who reported they had quit smoking as successful and patients who reported they have continued or returned smoking or did not answer as unsuccessful. One-year after treatment the number of the patients who succeeded in quitting was 22, that is, the success rate one-year after treatment was 36.1%. Comparing the successful group to the unsuccessful group, the rate of family members who smoke was significantly higher in the unsuccessful group. The KTSND was used to evaluate the changes in the patient’s perception of smoking. The KTSND has 10 questions, which contain questions group on justifying the usefulness of smoking, neglecting the harm of smoking, regarding smoking as a cultural or personal preference. In the successful group, the KTSND score on positive perception of smoking was significantly lower after one year, especially on the group of questions on justifying the usefulness of smoking.

Key words: smoking cessation program, smoking cessation rate, psychological nicotine dependence, The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND)


1.Johoku Hospital, Kyoto, Japan
2.Division of Respiratory Disease, University of Occupational and Environmental Health Japan, Kitakyushu, Japan
3.Department of Dental Hygiene, Aichi-Gakuin University Junior College, Nagoya, Japan
4.Graduate School of Comprehensive Human Sciences University of Tsukuba,Tsukuba, Japan
5.Shinnakagawa Hospital, Yokohama, Japan
6.KTSND working group in Research Group on Smoke-Free Psychology, Japan



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《原著論文》

薬学生を対象とした禁煙支援教育の効果

慶應義塾大学薬学部社会薬学講座
岸本桂子、福島紀子

連絡先
〒105-8512
東京都港区芝公園1-5-30 慶應義塾大学薬学部社会薬学講座
  岸本桂子
  TEL:03-5400-2686,FAX:03-5473-0740
  e-mail:kishimoto-ki@pha.keio.ac.jp

キーワード:薬学生、禁煙支援教育

【はじめに】
 2006年度の診療報酬の改定おいてニコチン依存症管理料が新設、2006年6月にニコチンパッチが薬価収載され保険薬としての使用が可能となった。その後、2008年に経口禁煙補助薬が新たに承認され、保険適用可能な薬剤の種類が増加している。また、一般用医薬品においては禁煙補助薬として2001年からニコチンガムが発売され、その後2008年には一般用医薬品のニコチンパッチが販売されるようになった。このように、薬剤師が禁煙支援に関わる機会は増加している。また、海外においては、例えばイギリスでは、トレーニングを受けた薬剤師が薬局でカウンセリング、モニタリング、薬剤の選択を行う禁煙プログラムを実施している1)。一方日本においては、薬局薬剤師が喫煙支援を行うことによる保険における報酬は認められていないが、宮城県をはじめとする多くの都道府県薬剤師会において独自の認定禁煙支援薬剤師制度が実施され、一般用医薬品の禁煙補助薬を用いた薬局薬剤師による禁煙支援の有効性についても報告されている2)。また、平成24年施行の中学生の学習指導要領には保健体育の中に「医薬品は、正しく使用すること」という文言が盛り込まれ3)、高校生の学習指導要領においてはさらに詳しく適正な医薬品の使用に関する内容を組み込むことが検討されている4)。これに伴い、学校薬剤師や勤務薬剤師が小中高生の教育に関わる機会が増え禁煙防止教育を行う機会も増えることが考えられる。これらのことより、将来薬剤師として従事する薬学生が喫煙に対する正しい認識を持つ事は、防煙の観点からも重要であるといえる。
 そこで、本学3年生を対象に禁煙支援者養成のための授業を実施した。有用な禁煙支援を行うためには、喫煙の有害性についての知識はもちろんであるが、喫煙者の心理や喫煙者を取り巻く社会的背景を理解することも重要であると考え、講義内容は科学的側面と社会的側面の両方の内容を含むものとした。受講学生を対象に禁煙支援・喫煙に関する意識調査を授業前後に実施し、本授業内容が禁煙支援者として必要な認識への変容に繋がるか検討した。

【方法】
1.対象者と調査方法

 本学薬学部3年生の薬学科必須科目(対象人数173名)、薬科学科自由選択科目(受講人数15名)である「薬学と社会‐コミュニティーファーマシィー‐」の1コマとして禁煙支援に関する講義を行った。2008年12月4日の授業に出席した161名を対象とし、科学的側面と社会的側面から構成される禁煙支援についての75分の講義(表1)の中で、授業開始前と、科学的側面からみた喫煙に関する内容を講義した後(以後、授業途中)と、社会的側面について講義した後(以後、授業終了後)の合計3回、禁煙支援・喫煙に対する意識に関するアンケートを繰り返し実施した。アンケート用紙は、表紙1枚、授業開始前アンケート1枚、授業途中アンケート1枚、授業終了後アンケート1枚をホッチキスで留めたものを使用した。

表1. 禁煙支援の授業プログラム

タバコ・喫煙の科学的側面

 

タバコ・喫煙の社会的側面

 

タバコの化学

 

 

タバコの日本史

 

 

煙に含まれる化学物質

 

 

 

江戸時代以降の喫煙増加の流れ

 

 

ニコチンの性質と特徴

 

 

 

近代の禁煙・防煙の動き

 

 

ニトロソアミン類の性質と特徴

 

 

タバコに関する法律・条約

 

 

多芳香族炭化水素の性質と特徴

 

 

 

たばこ事業法

 

 

一酸化炭素の性質と特徴

 

 

 

タバコの規制に関する世界保健機関枠組条約

 

 

活性酸素の性質と特徴

 

 

タバコの経済学

 

 

副流煙と主流煙の違い

 

 

 

タバコの税額

 

 

煙の粒子相と気相

 

 

 

タバコによる国の収益と損失

 

 

空気清浄機の煙に対する効果

 

 

タバコの社会学

 

 

タール1mgの銘柄のタバコの性質

 

 

 

喫煙開始年齢

 

 

換気扇の煙の除去効果

 

 

 

日本の成人の喫煙率の推移

 

タバコの生物学

 

 

 

中高生の喫煙率

 

 

ニコチン依存性の病態生理

 

 

 

タバコのパッケージの国際比較

 

 

喫煙の疾患リスク

 

 

 

メディアにおける喫煙描写の問題

 

 

喫煙のがんのリスク

 

 

 

諸外国との喫煙率の比較

 

 

妻、子どもの受動喫煙の身体への影響

 

 

 

タバコ製品の輸出入上位10カ国

 

 

タバコとストレスの関係

 

 

 

無煙タバコ・電子タバコの話題

 

 

 

 

 

タバコと医療

 

 

 

 

 

 

保険診療における禁煙支援

 

 

 

 

 

 

禁煙補助薬の医薬品分類



2.調査項目
 講義開始前に実施したアンケートは、回答者の属性や喫煙に関する背景と禁煙支援・喫煙に対する意識に関する8つの設問を用意し、授業途中と授業終了後に実施したアンケートも同様の8つの設問とした。
 「タバコは嗜好品だと思う」、「他人に迷惑をかけなければ喫煙は個人の自由だと思う」、「禁煙できないのはその人の意志が弱いからだと思う」、「禁煙は社会全体で取り組まなければならない問題だと思う」、「身近な人がタバコを吸っていたらやめるように説得しようと思う」の5つの設問は、より効果的な禁煙支援を行うために必要と考えられる認識や禁煙支援に対する姿勢に関するものであり、禁煙支援に対する指標とした。
 「タバコを吸う様子はかっこいいと思う」、「タバコ1箱の値段を値上げした方が良いと思う」、「タバコに対してだけ世間の風当たりが強いと思う」の3つの設問は、薬学生の喫煙に対する意識を把握する目的で設定した。
 これらの設問に対し5件法(1.そう思う、2.ややそう思う、3.どちらともいえない、4.ややそう思わない、5.そう思わない)による評価を依頼した。
3.分析方法
 自己と他者の喫煙経験のクロス集計では、過去に喫煙経験がある者と現在喫煙している者を合わせて喫煙経験群と処理し、χ2独立性の検定を用い検討した。授業開始前、授業途中、授業終了後の3回の禁煙支援・喫煙に対する意識の変化は、喫煙未経験群と喫煙経験群に分け対応のあるFriedman検定を行った。また、各評価時点における喫煙未経験群と喫煙経験群の意識の比較についてはMann-Whitney U検定を行った。検定はSPSS16.0J for windowsを用い、有意水準を0.05とした。 
4.倫理面での配慮
 アンケートへの協力は任意とし、無記名式とした。アンケート結果は個人が特定されないように配慮する事、研究結果は学会発表や論文等において公表する旨について書面にて同意を得た。

【結果】
1.分析対象者の属性
 講義出席者161名(欠席者27名)より回収した有効回答アンケートは154枚、有効回答回収率は95.6%であった。回答者の性別は、男性43名(27.9%)、女性111名(72.1%)であり、平均年齢は21.4歳(標準偏差1.7歳)であった。
 喫煙経験については、喫煙未経験の者が116名(75.3%)、過去に喫煙経験がある者が 28名(18.2%)、現在喫煙している者が10名(6.5%)であった。現在の喫煙率は、男子学生16.3%(7名)、女子学生2.7%(3名)であった。一緒に住んでいる者が現在習慣的に喫煙していると答えた者は35名(22.7%)、恋人や友人が現在習慣的に喫煙していると答えた者は40名(26.0%)であった。これらの結果を表2に記す。また、自己と他者の喫煙経験についてクロス集計した結果であるが(表3)、自己の喫煙経験の有無と一緒に住んでいる者の現在の喫煙経験の有無について関連性がみられなかった(p>0.05)。一方、恋人や友人の喫煙経験では、喫煙未経験群と経験群は独立した関係にあるといえ(p=0.001)、経験群の方が恋人や友人の喫煙者の割合が 47.4%(18名)と高かった。

表2. 回答者の基本属性(N=154)
表2. 回答者の基本属性(N=154)


表3. 自己と他者の喫煙経験の関係
表3. 自己と他者の喫煙経験の関係

2.授業開始前の薬学生の禁煙支援・喫煙に対する意識
 授業開始前のアンケートでは、禁煙支援に対する意識に関わる2つの設問と喫煙に対する意識の設問3つ全てにおいて、喫煙未経験群と経験群で有意な差がみられた(表4)。
 禁煙支援に対する意識の設問において喫煙経験の有無により有意な差がみられた「禁煙は社会全体で取り組まなければならない問題だと思う」と「身近な人がタバコを吸っていたらやめるように説得しようと思う」では、前者の設問の喫煙未経験群の平均値と中央値は1.79、1、経験群は2.29、2、後者の設問では未経験群は2.25、2、経験群は3.13、3であり、それぞれの設問において喫煙未経験群のほうがより肯定的な認識であった。
 喫煙に対する意識の設問である「タバコ1箱の値段を値上げした方が良いと思う」の喫煙未経験群の平均値と中央値は1.66、1、経験群は2.18、2であり、喫煙未経験群はより肯定的な認識を示し、「タバコを吸う様子はかっこいいと思う」と「タバコに対してだけ世間の風当たりが強いと思う」では、前者の設問の平均値と中央値は、未経験群では4.09、5、経験群では3.37、3、後者の設問では未経験群は4.34、5、経験群は3.76、4であり、未経験群の方がより否定的に認識している事が分かった。

表4. 薬学生の禁煙支援・喫煙に対する意識の授業による変化
表4. 薬学生の禁煙支援・喫煙に対する意識の授業による変化

3.授業による学生の禁煙支援・喫煙に対する意識の変化
 禁煙支援・喫煙に関する意識についての評価時点の異なる3回の測定結果は、未喫煙経験群では6つの設問、喫煙経験群では5つの設問において、段階的な有意な変化がみられた(表4)。
 禁煙支援に関わる意識の設問では、喫煙経験の両群ともに「禁煙できないのはその人の意志が弱いからだと思う」のみが有意な経時的変化を示さなかった。この設問に対する授業終了後の平均値と中央値は、未経験群は2.58、2、経験群は2.45、2であり、群間で有意な差はなく、どちらの群もやや肯定的な認識であった。「タバコは嗜好品だと思う」と「他人に迷惑をかけなければ喫煙は個人の自由だと思う」では、両群ともに経時的な平均値の増加が見られた。前者の設問の授業終了後の平均値と中央値は、未経験群は3.39、3、経験群は2.82、3であり、後者の設問では未経験群は3.70、4、経験群は2.97、3であり、それぞれの設問において喫煙経験の群間で有意な差がみられ、未経験群はより否定的な認識を示した。また、「他人に迷惑をかけなければ喫煙は個人の自由だと思う」に対する喫煙未経験群の変化であるが、平均値は授業開始前から順に2.80、3.45、3.70、中央値は2、4、4と変化し、肯定的認識から否定的認識への変化を示した。
 一方、「禁煙は社会全体で取り組まなければならない問題だと思う」と「身近な人がタバコを吸っていたらやめるように説得しようと思う」では、喫煙経験の両群ともに平均値は経時的に減少し、より肯定的な認識に変化した。前者の設問の授業終了の平均値と中央値は、喫煙未経験群では1.44、1、経験群は1.79、2、後者の設問では未経験群は1.77、1、経験群は2.47、2であり、それぞれの設問において喫煙経験の群間で有意な差がみられ、未経験群はより肯定的な認識であった。また、喫煙経験群の「身近な人がタバコを吸っていたらやめるように説得しようと思う」の平均値は授業開始前から順に3.13、2.71、2.47、中央値は3、2、2と変化した。
 喫煙に対する意識に関する設問であるが、「タバコに対してだけ世間の風当たりは強いと思う」では、喫煙経験群では測定時点での有意な変化はみられず、未経験群は有意な変化がみられたが平均値の推移は開始前から順に4.34、4.48、4.34であり経時的な増加や減少の傾向は見られなかった。また、「タバコ1箱の値段を値上げした方が良いと思う」は喫煙経験の両群ともに測定時点による有意な変化はみられなかった。一方、「タバコを吸う様子はかっこいいと思う」では、喫煙経験の両群ともに測定時点での有意な変化を示し、授業終了後の平均値と中央値は喫煙未経験群では4.41、5、経験群は3.63、3であり、群間で有意な差がみられ未経験群の方がより否定的な認識であった。

【考察】
 本調査による薬学部大学生3年生の男子の喫煙率は16.3%、女子は2.7%であり、平成19年国民健康・栄養調査結果の概要の20歳代男性の喫煙率47.5%、女性16.7% 5)、日本たばこ産業による2008年全国たばこ喫煙者率調査の成人男性の喫煙率39.5%、女性12.9% 6)と比較すると、低い喫煙率であった。医療系学生の喫煙率については数多く報告されているが7,8,9,10,11,12,13)、薬学生の喫煙率についての報告は少ない。2003年に調査されたある一つの薬科大学における1年生の男子学生の喫煙率は3.4%、女子0.7% 14)、また他の大学薬学部の2005年の1、2、3、4年男子学生の喫煙率は3.9、8.5、6.3、15.8%、女子1.0、4.8、6.3、6.3%15)が報告されおり、本調査と同様に一般的な20歳代成人の喫煙率よりも低いことから、医療職である薬剤師を志している学生の喫煙率は低い傾向にある可能性が示唆された。非喫煙者に比べ喫煙者の友人や恋人が喫煙している割合は高いとの報告があり7,13,16,17)、本研究においても同様の結果がみられ、身近な友人や恋人の喫煙の影響により自身も喫煙を開始することが考えられる。このことから、薬学生は喫煙率が低い傾向にあるとはいえ、周りの影響により喫煙を開始する可能性もあり、大学に入学した早い段階での防煙授業の導入を検討する必要があるといえる。
 これまでの研究において、喫煙者と非喫煙者ではタバコ関連の疾病について知識や喫煙に対する意識、社会的ニコチン依存度等に差がみられることが報告されているが9,10,13, 17,18, 19)、本調査においても喫煙未経験者と喫煙経験者では禁煙支援・喫煙に対する認識が異なることが分かった。喫煙経験者は未経験者に比べると喫煙を容認する傾向にあった。しかし授業前のアンケート結果では、喫煙経験により認識に差が見られない項目もあった。タバコを嗜好品、喫煙を個人の自由、禁煙できない原因を意志の弱さと捉えることは、禁煙を支援していく上で喫煙者を十分に理解し励ましサポートすることの妨げとなる可能性のある認識であるが、授業前のアンケートにおいては喫煙経験に関わらず肯定的に捉える傾向が見られた。このことから、喫煙の経験に関わらず一部の喫煙に関する事柄については正しい認識を備えていない学生が多い事が分かった。
 授業後では喫煙未経験の多くの学生が、喫煙は個人の自由とは思わないと認識する傾向を示したが、喫煙経験者では「どちらともいえない」と考える学生が多かった。また、授業後のタバコは嗜好品であるかの問いに対し、喫煙経験に関わらず「どちらともいえない」と答える学生が多く、本授業ではタバコは嗜好品ではないと十分に認識するには至らなかった。また授業においてニコチンの依存性、メディアにおける喫煙シーンの扱いやタバコの広告について扱ったが、禁煙できない原因は禁煙者の意志の弱さが原因であるとの認識については大きな変化はみられなかった。しかし、禁煙に挑戦している者が置かれている状況、つまりどこででもタバコを購入することができ、喫煙スペースも様々な場所にあり、喫煙に対し良いイメージを与える広告やメディア等にさらされている状況や、ニコチンの依存性の強さは、禁煙の成功を妨げる要因であることを禁煙支援者が理解することは重要であり、授業内容や方法について改善する必要がある。
 喫煙経験により禁煙支援・喫煙に対する意識において最も大きな差がみられたのは、喫煙する姿に対するイメージである。「タバコを吸う姿はかっこよいと思う」の設問において、喫煙未経験者は授業前では中央値5と多くの者が否定的に捉え授業後はその否定性はさらに強くなったが、喫煙経験者では授業前及び授業後において中央値3であり「どちらともいえない」と答える者が多く、喫煙経験により大きな差がみられた。マスメディアなどで作られた喫煙に対するイメージが喫煙経験に影響を与えていることが推測される。
 教育における介入研究では、学生を介入群と対照群に分け介入効果を実証することは難しい。本研究においても、科学的側面のみや社会的側面のみどちらか一方の内容について75分間授業を実施する対照群や、社会的側面の講義後に科学的側面について講義を行う対照群等が存在しないため、両側面を組み合わせた本授業がどのくらい効果があるかは明瞭ではない。しかし、今回、授業において前半と後半でそれぞれ科学的側面と社会的側面を扱い、段階的にアンケートを実施したことで、それぞれの内容がほとんどの禁煙支援に関する認識に影響を与え、授業後には禁煙支援に対する姿勢がより強いものとなった事がわかった。また、今回の授業ではタバコを嗜好品、禁煙できないのは意志の弱さが原因であるとの認識を十分に変化させることができなかった事、授業による意識の変化は喫煙経験により大きな差はないが、もともとの意識に差があるため喫煙経験者は未経験者に比べより適切な禁煙支援の認識に至らなかった事が明らかとなり、本授業の問題点が抽出された。
 また、今回みられたような意識変化は継続して保持されるかは不明である。日本は以前より改善されつつあるが、タバコがあらゆるところで販売され、喫煙する場所が多く存在し、喫煙を容認するメディアにおける描写が多く見られる環境であり、定期的に禁煙支援に関わる知識に触れる必要があると推測される。薬学生の喫煙率は一般より低い割合であったが、防煙の目的も含め、1年生の初期段階への禁煙支援に関する授業の導入や4年生の医療系実習における一般用医薬品の項目に禁煙補助剤を組み込むなど、薬学教育における禁煙支援に関する体系的なプログラムについて今後検討していきたい。

参考文献
1) 葛西美恵:Mie Kasaiの倫敦メール 調剤室から消えた薬剤師.初版.(株)ドラッグマガジン,2006年;158‐161.
2) 望月眞弓,初谷真咲,秋葉保次ほか:ニコレットによる禁煙達成に及ぼす保険薬局薬剤師の禁煙指導の有効性に関するランダム化群間比較調査研究‐禁煙開始3カ月後での評価‐.薬学雑誌 2004;124(12);989-995.
3) 文部科学省「新学習指導要領 中学校学習指導要領」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chu/index.htm(access 2008/12/24 23:20)
4) 文部科学省「高等学校学習指導要領案」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/081223.htm(access 2008/12/29 22:00)
5) 厚生労働省健康局総務課生活習慣病対策室「平成19年国民健康・栄養調査結果の概要」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/h1225-5.html (access 2008/12/29 23:55)
6) JT News Release「2008年全国たばこ喫煙率調査」
http://www.jti.co.jp/News/2008/10/20081023_01.html (access 2008/12/24 22:20)
7) 小林亜由美,矢島まさえ,梅林奎子ほか:医療系短期大学における防煙・金研教育のあり方の検討‐喫煙に関する知識、意識、行動の現状から‐.群馬パース大学紀要 2005;1;11-18.
8) Yoshiko M., Mari I., Jun N.: Effects of Smoking Cessation Intervention Education in Dental Students. Tsurumi Univ. Dent. J 2007;33(2);47-54.
9) 八杉倫,西山緑,大石賢二:医療系大学における習慣的喫煙者と非喫煙者のライフスタイルとタバコに対する意識調査の検討. Dokkyo Journal of Medical Sciences 2007;34(3);221-229.
10) 晴佐久悟,劉中憲,埴岡隆:歯学生の喫煙行動、喫煙と健康問題に関する知識・態度および全館禁煙の影響についての検討.口腔衛生会誌 2005;55;100-108.
11) 関島香代子:新潟県における看護学生・看護師の喫煙行動と喫煙に対する禁煙支援活動の状況.新潟医学会雑誌 2005;119(9);536-545.
12) 竹内あゆ美,稲垣幸司,中垣晴男ほか:歯科衛生士の社会的ニコチン依存度と禁煙教育の効果.日歯周誌 2008;50(3);185-192.
13) 吉田広美,柳川育子:看護学生の喫煙に関する認識と禁煙・防煙意識の向上にむけて‐看護学生に対するたばこ調査の結果から‐.京都市立看護短期大学紀要 2006;31;133-141.
14) 江成元伸:薬科大学生の喫煙動向に関する‐考察‐2003年度調査から‐.昭和薬科大学紀要 2004;38;49-59.
15) 宮本悦子,大嶋耐之,萩原明果ほか:薬学生の喫煙に関する意識調査.北陸大学紀要 2005;29;33-38.
16) 大見広規:保健所による教育的介入が高校生の喫煙行動、意識に及ぼす効果.小児保健研究 2004;63(5);570-576.
17) 栗岡成人,稲垣幸司,加濃正人ほか:加濃式社会的ニコチン依存度調査票による女子学生のタバコに対する意識調査(2006年度).日本禁煙学会雑誌 2007;2(5).
18) 磯村毅,村手孝直:ドラッグストアにおける禁煙支援者育成の試み.厚生の指標 2003;50(10);17-20.
19) Toshiko O., Mikako A.: Influence of environmental factors on the smoking and smoking intention in high-school students of six prefectures in Japan. Jpn J Health and Human Ecology 2008;74(3);114-128.


Effects of the education to help people stop smoking among the pharmacy students.

Keiko Kishimoto, Noriko Fukushima
Keio University Faculty of Pharmacy, Division of Social Pharmacy

The education to help people stop smoking was executed for the third Keio University Faculty of Pharmacy grader. Though knowledge of the hazardous property of smoking is necessary, it was thought that it was also important to understand the social background that surrounded smoker and the smoker's psychology to do useful no smoking support. Then, the content of the lecture included both scientific sides and the social dimensions. The questionnaires for view of smoking and no smoking support were executed gradually three times when before it teaches it, a scientific side and social dimension were each lectured in the first half and the latter half. It became clear that there were more smoker's lover and friend around smoker than nonsmoker. It was found that the difference was seen by the presence of the smoking experience in consideration concerning smoking from the questionnaire before the class is begun. This lecture was not able to change successfully the recognition that cigarette is luxury grocery items and the weakness of the will is a cause that it is not possible to stop smoking. But each content influenced consideration to smoking and the posture to the no smoking support was assumed to be the stronger one.

Key words: pharmacy students, education program to help people stop smoking



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《特別寄稿》
 
タバコ規制枠組み条約第3回締約国会議(COP3)の参加報告

日本禁煙学会評議員
全国禁煙推進協議会事務局長
東京衛生病院健康科課長
宮﨑恭一

連絡先
〒167-8507 東京都杉並区天沼3-17-3
  宮﨑恭一
  TEL: 03-3392-6151 FAX: 03-3392-8359
  e-mail::k-miyazaki@tokyoeisei.com

キーワード:タバコ規制枠組み条約(FCTC)、第3回締約国会議(COP3)、南アフリカ・ダーバン、日本政府代表団、タバコ規制枠組み条約連合(FCA)

はじめに
 2008年2月、日本禁煙学会の総会で、COP3(FCTC締約国会議、各国政府で構成されている)にFCA(タバコ規制枠組み条約連合、COP3を監視し要請するNGO)の日本代議員(FCAが正式なNGOオブザーバーでメンバーとして登録)として、作田理事長と行くようにとのご提案があり、その場で簡単に引き受けてしまい、後でしまったと思いました。といいますのは、詳しく日程を調べますと、会議が11月17日から22日まであり、その前日にFCAによる準備会議があるとのことで飛行機の時間も含め10日間の会議ということが判明したのです。参加予定だった岡本弁護士は早めにキャンセルとなり、作田学理事長と二人の旅となりました。FCAの事前の情報によりますと、「夜は一人歩きしてはならない」とか「蚊に刺されないように」とか注意事項がずらっと書かれており、旅慣れた(?)私でも少々緊張の面持ちでした。香港、ヨハネスブルグと乗り継いで、南アフリカのリゾート地、ダーバンに無事着きました。途中香港までの機内で、読売新聞をフライトアテンダントに頼んだら、夕刊が渡され、一面に<「禁煙」「分煙」JR乱れ>という大きなタイトルが目に飛び込みました。渡辺文学氏のコメントも載っており、幸先の良い旅行となりました。しかし20時間の飛行機旅行はしんどいもので、エコノミー症候群になりそうでした。
 ダーバンは350万の人口を擁し、インド系の80万人が住むリゾート地でもあります。南アフリカ出身のユーゼフ博士(ワシントンでの第13回タバコか健康か世界会議の大会長)のスピーチによりますと、ダーバンはインドのガンジーゆかりの地であり、マンデラ大統領やルーサー・キング牧師に無暴力の思想が受け継がれた歴史のある街だそうです。春のダーバンはここちよく、日本より少々暖かい程度で、過ごしやすい気候です。気温でいえば、夏は蒸し暑いですが冬は7度以下にはならず、ワインや果物、野菜など農産物も豊かな地方です。

本会議前のデモ行進とワークショップ
 会議開催の前日、16日(日)の朝、タバコ規制枠組み条約連合(FCA)の企画で、南アフリカ厚生省事務局長のムセレク氏が先頭に立ち、禁煙デモ行進が行われました。現地の中学生、高校生も動員され、FCAのメンバー100名も加わり、300名以上の参加者で道路をねり歩きました。WHO事務局長Dr.ニコゴシアンやダーバン市長も加わり、アフリカ特有のリズムと歌のようなシュピレヒコール「A World United for Tobacco Control」で、ちょっとしたサンバのパレードみたいでした。全員お揃いのFCA作成Tシャツが配られ、南アフリカ政府からは紋章の入った帽子が配られました。(写真1
 パレードのルートは、町の中央にある公園から官庁街を通り、市役所の前で大きな声を出して、ICC(COP3の会場であるコンベンションセンター、写真2)が終着点となります。そこで南アフリカの厚生大臣のホーガン女史が大きなタバコを真二つに折って(写真3)、気勢をあげました。
 
FCA 研修会
 ホテルにもどって早速ブリーフィング、勉強会が始まりました。メアリー・アスンタ女史はFCA理事長として、参加者全員にエールを送る挨拶をしました。新しくFCA会長になったローレンス・フーバー氏(ワシントンD.C.)が「COP3をFCAの支援で成功させよう」と前置きがあり、オーストラリア出身のジョナサン・リーベルマン氏の指導のもと、FCTC 11条、13条、5.3条のガイドラインの解説がありました(写真4)。何がポイントなのか、どの国が反対しているかなど情報が豊富で、一種のワークショップでした。これらの資料については、松崎道幸先生とそのグループが翻訳してくださっていたので大いに助かりました。テーマとして、
 第11条は「タバコ製品の包装およびラベルについて」の規制
 第13条は「タバコ産業による宣伝、販売促進活動、スポンサー活動」の規制
 第5条3項は「公衆衛生政策に対するタバコ産業の介入」の規制
を中心に討議がなされました。COP3会議のために、FCAメンバーとして50カ国以上132名が登録されており、実際には150名近くが集まったようです。

各地域の分科会
 会議が開催される前にWHOの6地域の討議の場が用意されており、日本はWPRO(西太平洋地区)に属しているので、毎日細かい調整がそこでなされました。他の国は積極的に、各条約を推進するための法律を作ったとか、現在規制強化を図っているといった内容の発言が多い中、中国と日本の政府代表が「内容の表現が理解できない」とか「現状からみると厳しすぎる」など、タバコ産業を擁護しているかのような発言が目立ちました。日本政府代表団の構成は、南アフリカ共和国日本国大使館公使の宮下孝之氏が代表代理人となり、厚労省生活習慣病対策室室長の関英一氏、国立がんセンター研究所タバコ対策室長の望月友美子氏、財務省塩とたばこ室室長の長友謙治氏、外務省国際協力局特別機関課課長補佐の星野大輔氏、厚労省たばこ対策専門官の森淳一郎氏、財務省塩とたばこ室室長補佐の大岡直哉氏、南アフリカ日本国大使館二等書記官の鼻野木由香氏の8名でしたが、このうち、関氏と長友氏は日本での業務の都合上不参加でした。

各委員会と全体会議
 17日(月)から22日(土)まで、地域分科会(地域ごとの代表が集まり、細かい問題点を発表する)、A委員会(各条項、今回は第5条3項、第11条、第13条についての検討)、B委員会(COPやINB会議の運営上の議論や予算配分)、全体会議(決議)という構成で会議がなされました。COP3の議長はハタイ・チッタヌンダ博士(タイの健康促進室室長)、WHO事務局長はハイク・ニコゴシアン博士です。本会議には130カ国から約600名の政府代表が集まり、まさに世界会議という雰囲気でした。多くの代表者は自国のタバコ対策について進捗状況を発表し、FCTCを支持する旨を報告していました。

論点の要約
 会議の細かい内容は作田理事長(写真5)にお願いするとして、印象深かった点についていくつかご報告いたします。
1. 主に中国と日本政府代表がタバコに関して「全面禁止」とか、「完全廃止」という表現に異論を唱えていた。
2. 日本は今後のFCTCに関連する会議の基金拠出額が事務局の間違いで多く計上されていたこともあって、数字の確認を求めた。1,762,200ドルのところ200万ドル以上が計上されていた。事務局の対応が悪く、時間の浪費が多かった。
3. 会議のための運営基金を各国が出し渋る様子が見え、タバコ産業から取り立てたほうがよい(税金とか利益還元など)という意見も出たが、この場合は日本政府として反対を提案した。これはタバコ産業の資金を使ってのタバコ対策は、タバコ産業の存続をうながす可能性があるからである。
4. CSR(企業の社会的責任または社会貢献)について、日本としてタバコ産業の災害地への献金や社会運動への支援を否定できないと主張していたが、これはFCAニュース11月20日号でDirty Ash Tray(汚れた灰皿)賞をいただいてしまった。
5. 翌日FCAニュース11月21日号では、日本が前日第13条を変更なしで容認したことをたたえて、Orchid(オーキッド)賞に輝いた。FCAの理事も日本政府代表団に対し、表敬訪問をして「おめでとう」と伝えた。われわれも他の国の代表が日本の態度の変化を評価している旨を日本政府代表団に伝えた。ちなみにAsh tray とOrchidは1999年の世界禁煙デーのキャンペーン「灰皿にオーキッドを」に使用され、写真家のAshvin Gatha氏が考案したものである。それ以来FCAニュースの編集者によって、タバコ問題に取り組む国や法律・政策に「オーキッド賞」を、タバコ産業側に立つような発言・政策に「汚れた灰皿」賞を授与したのである。
6. 第5条3項の指導原理、指針1にある「タバコは合法的であるが致死的である」(英語でTobacco products are legal but lethal と表現し、リーガルとリーサルでごろ合わせがしてある)に関して、タバコ産業を合法的とするのはおかしいという意見が出て、この文章は却下され、「タバコ産業の利権と公衆衛生政策の間には根本的で矛盾する対立がある」(There is a fundamental and irreconcilable conflict between the tobacco industry's interest and public health policy)という表現になった。
7. 南アフリカ共和国はアフリカ全体に対してもタバコ対策で指導的な役割をはたし、評価された。
8. 政策会議でもあるので、各国から健康関連者以上に法律家、運営コンサルタントなどの肩書を持つ代表が多く参加していた。

写真1.禁煙デモ行進の出発風景
写真1.禁煙デモ行進の出発風景


写真2.会場であるコンベンションセンター
写真2.会場であるコンベンションセンター


写真3.厚生大臣のホーガン女史が真二つに折った大きなタバコ
写真3.厚生大臣のホーガン女史が真二つに折った大きなタバコ


写真4.ガイドラインの解説をするジョナサン・リーベルマン氏
写真4.ガイドラインの解説をするジョナサン・リーベルマン氏


写真5.会議中に参加中の作田理事長
写真5.会議に参加中の作田理事長

 以上のような状況で、いくつかの検討を経て、基本的にはすべての条項は通過した形になりました。2年後(2010年)に行われるCOP4は南米のウルグアイがホストを務め、議長には南アフリカ厚生省事務局長のムセレク氏が選出されました。今後FCTCの実行状況を報告する報告内容の検討や、さらに推進するための方法論が検討されることになるでしょう。今後は日本でも、各方面の行政、法律、財政関連者とのFCTC実効検討会、推進勉強会など開催する必要を感じました。最後に日本禁煙学会のご支援に感謝申し上げます。   

参考サイト
Conference of the Parties to the WHO Framework Convention on Tobacco Control
http://www.who.int/gb/fctc/E/E_cop3.htm
タバコの規制に関する世界保健機関枠組条約締約国会議第3回会議資料・邦訳 (2008年11月17日~22日 南アフリカ・ダーバン)
http://www.nosmoke55.jp/data/0811cop3.html


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日本禁煙学会の対外活動記録
(2008年12月~2009年1月)
12月31日 日本禁煙学会が選ぶ2008年タバコ問題10大ニュース公表




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ISSN 1882-6806

第4巻第1号 2009年2月1日

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