キーワード:中学生、加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)、喫煙、禁煙教育
序
喫煙者は喫煙行為を正当化および美化する傾向があり、自己の禁煙と社会の禁煙推進に対して抑制的な行動をとりやすい。この喫煙に関する認知の歪みを測定する尺度として社会的ニコチン依存が提唱され1,2)、いろいろな集団に対して加濃式社会的ニコチン依存度調査票(Kano Test for Social Nicotine Dependence:KTSND)を用いて研究されている1~11)。以前の調査において、喫煙経験のある高校3年生男子の認知の歪みの程度は成人レベルに達しており、禁煙教育に抵抗することが判明した10)。今回、われわれは中学生の喫煙に対する認識と禁煙教育の効果をKTSNDにより調査したので報告する。
対象と方法
【対象】
北海道函館市A中学生の654人中KTSNDに記載漏れのない607人で、構成は男子279人(1年109人、2年88人、3年82人)、女子328人(1年123人、2年97人、3年108人)であった。
【方法】
1) 平成19年に中学生の喫煙に対する認識および禁煙教育の効果をKTSND version2(10問30点満点:配点は問1のみ左から3,2,1,0点、問2~10は0,1,2,3点)を用いて調査した2)。講演の直前に質問票を配布し、学年と性別を記載させたが無記名とした。B4用紙左ペ-ジに印刷された表1の内容を筆頭著者が1文ずつ読み上げ、自分の喫煙状況と家族構成員の喫煙者の有無を記載し、問に対して自分が最も近いと思う番号を〇で囲むようにした。さらに、喫煙者のみを対象にして禁煙のステ-ジを記載した。ニコチン依存、喫煙の有害性、ニコチン置換療法、受動喫煙の防止、タバコの断り方などについて講演した。講演直後にB4用紙の右ペ-ジに印刷された質問と禁煙ステ-ジを再び筆頭著者が読み上げて自分が最も近いと思う番号を〇で囲んだ。講演終了後、2種類の質問票を会場で回収した。
2) 統計解析:家族構成員に喫煙者がいる場合の中学生が喫煙する割合と家族構成員に喫煙者がいない場合のそれとの有意差の判定にカイ二乗検定を用いた。禁煙教育前後のKTSND総得点の変化をWilcoxon符号付順位和検定により有意差を検定した。喫煙経験の有無、家族構成員の喫煙者の有無によるKTSND総得点の比較にWilcoxon順位和検定を用いた。禁煙ステ-ジを全く関心がない:4点、禁煙に関心はあるが今後6ケ月以内に禁煙しようとは思わない:3点、6ケ月以内に禁煙しようと考えているが1ケ月以内に禁煙する予定はない:2点、この1ケ月以内に禁煙する予定である:1点とし、禁煙教育後の変化をWilcoxon符号付順位和検定により有意差検定した。結果を中央値、四分位点(25%点、75%点)で表示し、有意水準5%未満を有意と判定した。
結果
1) 中学生の喫煙状況(表2):タバコを毎日吸う、時々吸う、いたずらで吸ったことがある、などの喫煙を経験した中学生は全生徒607人中42人(6.9%)、男子279人中19人(6.8%)、女子328人中23人(7.0%)であった。毎日喫煙する中学生は全生徒607人中6人(1.0%)、男子279人中2人(0.7%)、女子328人中4人(1.2%)であった。
2) 家族構成員の喫煙と中学生の喫煙経験の関係:家族構成員に喫煙者がいる場合の中学生が喫煙経験のある率(8.3%:384人中32人)は家族構成員に喫煙者がいない場合のそれ(4.5%:223人中10人)より高い傾向があった(p=0.096)。
3) KTSND総得点と禁煙教育後の変化(表3):喫煙経験の有無、家族構成員の喫煙者の有無にかかわらず禁煙講演によりKTSND総得点は有意に減少した。
4) 喫煙経験の有無および家族構成員の喫煙者の有無によるKTSND総得点の比較(表4):学年が進級するとKTSND総得点が増加する傾向が見られた。喫煙経験のある男子、女子のKTSND総得点は喫煙経験のないそれらより、禁煙講演前および禁煙講演後ともに有意に高値であった。家族構成員に喫煙者のいる中学生全員および男子の禁煙講演前のKTSND総得点は喫煙者のいないそれより有意に高値であった。
5) 禁煙ステ-ジの変化(図1):喫煙経験のある中学生42人の禁煙ステ-ジは、全く関心がない:28人→17人、禁煙に関心はあるが今後6ケ月以内に禁煙しようとは思わない:7人→8人、6ケ月以内に禁煙しようと考えているが1ケ月以内に禁煙する予定はない:4人→13人、1ケ月以内に禁煙する予定:3人→4人へと変化した(p<0.001)。
考察
家族構成員に喫煙者がいる中学生の喫煙経験率は家族構成員に喫煙者のいないそれより高い傾向があり、家族構成員に喫煙者がいる中学生の禁煙教育前のKTSND総得点は家族構成員に喫煙者のいないそれより有意に高値であった。親の喫煙が小児の喫煙開始と本数増加を促すことが報告されており12,13)、家族構成員の喫煙は中学生の喫煙に対する認識を喫煙者側に移行させ、喫煙の誘因となると考えられる。親自身が禁煙する14)、もしくは喫煙に否定的に対応し15)、防煙生活を選択すること16)は思春期児童の喫煙率を低下させるので、親が喫煙せず、受動喫煙を防止する生活を子どもに示すことは次世代への喫煙の連鎖を絶つために重要である。
男子、女子ともに喫煙経験のある中学生のKTSND総得点は喫煙経験のない中学生のそれらより有意に高値であった。しかし、禁煙教育により毎日喫煙する中学生の禁煙ステ-ジは禁煙側に移動し、喫煙経験の有無と家族構成員の喫煙者の有無にかかわらず、KTSND総得点は有意に減少した。これらの結果は禁煙集団教育が喫煙する中学生のみでなく、喫煙しない中学生においても喫煙に対する誤った認識の是正に有効であること示している。これまで報告された当地における喫煙率とKTSND総得点を単純比較してみると、小学高学年生5)、中学生、高校生10)と進学にともない増加する傾向が見られる。特に、喫煙経験のある3年男子と女子の認知の歪みは大学生3)および成人2,4)のレベルまで達しており、禁煙教育後も認知の歪みを強く保持していたことは早期からの禁煙教育の必要性を示唆している。喫煙する仲の良い友達の存在は喫煙開始のきっかけになり、喫煙本数を増加させ13)、さらに学校での高学年の喫煙行動は低学年に直接影響する17)。今回の中学生では進級により喫煙経験者が増加していた。単発的な講演の効果は一時的であることが予想されるため、中学生の喫煙の蔓延を防止し、喫煙率を低下させるために、タバコの広告規制、家族構成員の禁煙の実現、上級生や仲間から喫煙の誘いを断る技術18)の伝達、学校における早期の禁煙教育をふくめた総括的かつ継続的な喫煙対策19)などが必要と考えられる。
本論文の要旨を第17回日本禁煙推進医師歯科医師連盟学術総会(2008年2月、横浜市)において発表した。
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表1 加濃式社会的ニコチン依存度調査票
(Kano Test for Social Nicotine Dependence : KTSND) Version2 |
表2 学年別喫煙状況
表3 喫煙経験の有無、家族構成員の喫煙者の有無別にみたKTSND総得点および禁煙教育後の変化
表4 喫煙経験の有無,家族構成員の喫煙者の有無によるKTSND総得点の比較
図1 喫煙経験のある中学生の禁煙ステージの変化
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参考文献
1) 吉井千春, 加濃正人, 相沢政明, 他. 加濃式社会的ニコチン依存度調査票の試用(製薬会社編).日本禁煙医師連盟通信2004;13:6-11.
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3) 北田雅子, 武蔵学, 谷口治子, 他. 加濃式社会的ニコチン依存度調査表Version 2を用いた防煙教育の可能性についての検討. 日本禁煙医師連盟通信
2006;15:9-10.
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Effects of anti-smoking education for junior high school students with special reference to smoking related cognition.
Akira Endo1,9, Masato Kano2,9, Chiharu Yoshii3,9, Masaaki Aizawa4,9, Fumio Kunitomo5,9, Takeshi Isomura6,9, Koji Inagaki7,9, Kenji Amagai8,9.
We studied effects of anti-smoking education for 607 junior high school students with evaluation of smoking related cognition using the Kano Test for Social Nicotine Dependence version2(KTSND). Increased smoking amongst students is associated with the presence of smoking family members. Degrees of social nicotine dependence were high amongst students ever smoked and with family members. In addition, KTSND scores increased with advancement of school year. Anti-smoking education significantly decreased KTSND scores, whilst scores remained high amongst students who ever smoked. Smoking stages were influenced by anti-smoking education. Unfortunately, amongst junior high school students who ever smoked, degrees of social nicotine dependence remained high despite participation in anti-smoking education. Nevertheless, anti-smoking education for young age-cohorts is effective for prevention of young new smokers, in addition to support mechanisms for smoking family members, by decline in social nicotine dependence and by prevention of adopting smoking behaviors.
Key words:junior high school students, The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND), smoking, anti-smoking education.
1.Endo Kikyo Children's Clinic, Hakodate, Hokkaido 041-0808, Japan
2.Department of Internal Medicine, Shin-nakagawa Hospital, Izumi-ku, Yokohama, Kanagawa 245-0001, Japan
3.Division of Respiratory Disease, University of Occupational and Environmental Health, Japan. Yahatanishi-ku, Kitakyushu, Fukuoka 807-8555, Japan
4.Department of Pharmacy, Kitasato University Hospital, Sagamihara, Kanagawa 228-8555, Japan
5.Department of Pulmonary Disease, Chiba Rosai Hospital, Ichihara, Chiba 290-0003, Japan
6.Reset Behavioral Research Group, Atsuta-ku, Nagoya, Aichi 456-0027, Japan
7.Department of Dental Hygiene, Aichi-Gakuin University Junior College, Nagoya, Aichi 464-8650, Japan
8.Division of Gastroenterology and G.I. Oncology, Ibaraki prefectural Central Hospital and Cancer Center, Koibuchi, Kasama, Ibaraki 309-1793, Japan
9.KTSND working group in Research Group on Smoke-Free Psychology, Japan.
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