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《巻頭論文》 |
受動喫煙調停成立報告書 |
非喫煙者を守る会代表理事・弁護士 黒木俊郎 |
キーワード:裁判、受動喫煙被害、調停、健康増進法、化学物質過敏症 1 はじめに 2006年10月19日, 職場の受動喫煙被害者である岡本めぐみさんが提起した損害賠償の調停(札幌簡易裁判所)が成立した。これは,全国で最初の調停成立であり,マスコミの関心も高く,北海道新聞社の特ダネとして10月25日朝刊第1面のトップニュースとなった。他紙も同日夕刊か翌日の朝刊で追随し,全国的に大きく報道された。わが国の禁煙運動にとっても歴史的な事件だったと言えよう。 そこで,調停の経過と意義について報告させていただくこととした。 2 岡本さんの受動喫煙被害 岡本さんは大学時代に体育会に所属するなどスポーツを愛好する健康な女性であった。しかし,2000年7月に就職した札幌市内の民間会社A社における受動喫煙で健康を失うことになった。A社では約30人の従業員の半数以上が事務室内で喫煙していたので,毎日煙害に悩まされた。しかし,新入社員が先輩社員の喫煙をやめさせることもできず,我慢の日々であり,次第に慢性的な体調不良に陥った。その後,女性社員から分煙の要望があり,A社は02年12月から喫煙場所を給湯室や応接室などに限定する処置を取った。(会社は,後日の調停では,健康増進法が03年5月1日から施行されることになったので,会社が率先して改善したと主張した。)給湯室は事務室の1部分であり,ドアが常時開いているため煙が事務室に流れ込み,分煙対策としては極めて不十分であった。しかし,A社は,それ以上の改善をしなかった。 04年秋になって,窓を閉め切り建物が密閉状態になってくると,タバコの煙による影響が強まり,体調はますます悪くなってきた。気管支が痙攣し,肺が絞られるような痛みがあり,息ができず胸をかきむしるような苦しみであった。不整脈も出現し,死の危険を感じた。岡本さんは,9月に東京の北里研究所を受診し,化学物質過敏症(タバコ煙不耐由来による可能性)という診断を受け,休職を勧められた。しかし,その時は休職することができず,12月から3ヶ月間休職した。その結果,体調がかなり回復したので,やはり職場の煙害が最大の原因だったことを確信した。これ以上の被害を避けるため05年3月に退職し,現在は,全面禁煙の会社に再就職している。 3 調停に至る経過 退職後間もなく岡本さんから非喫煙者を守る会に相談があった。その時点で,頼りになる判例は,江戸川区職員河村氏による04年7月勝訴判決(東京地裁が江戸川区に慰謝料5万円の支払を命じた。)のみであった。しかし,慰謝料5万円ではおいそれと訴訟をするわけにはいかない。東京地裁判決は,形式上は河村氏を勝訴させたが,実は「受動喫煙の被害は軽微であり,訴訟をしても実益がない(訴訟費用を考えると採算が合わない)」ということを国民に示し,訴訟を断念させる効果を生じているのである。 そこで,私はファーストチョイスとして裁判外の示談交渉を選択することにし,05年7月代理人弁護士黒木俊郎名義で損害賠償請求書を送付し,文書による回答を求めた。A社は相当驚いたらしく,弁護士を立てて回答してきたが,その内容は「当社は増進法施行前から他社にさきがけて十分な分煙対策をしていたから,何らの落度もない」というものであった。これでは示談はできない。 岡本さんと対応を協議した結果,私はセカンドチョイスとして調停を選択し,06年4月札幌簡易裁判所に調停を申立てた。 4 何故,訴訟ではなく調停を選択したか こちらが後遺症に苦しんでいるのに「何らの落度もない」という使用者の無慈悲な回答に接すれば,被害労働者は怒って訴訟に踏み切るのが普通である。過労死や職業病のケースならそれでよい。既に多くの勝訴判例があるからである。しかし,煙害の場合は,簡単ではない。受動喫煙被害で訴訟をするには,使用者側の受動喫煙防止義務を主張立証しなければならないからである。日本には健康増進法が施行されるまで,使用者の受動喫煙防止義務を定めた法律はなく,厚生労働省の職場の喫煙対策に関するガイドラインがあるだけであった。ガイドラインは通達であり法律ではないから,使用者に具体的義務を課したとまでは言えない。そのため,増進法施行前の判例は,江戸川区の事件以外すべて被害者敗訴である。 健康増進法25条も,受動喫煙防止義務ではなく「受動喫煙防止努力義務」を規定しているのである。従って,増進法施行後も,被害者が無条件で勝訴できるわけではない。 岡本さんの受動喫煙被害は,健康増進法施行前と施行後に跨っており,施行前の方が長い。施行前の被害については,救済は例外的であり,江戸川区の事件でも慰謝料額は低額である。しかも,訴訟を起すと相手は責任を否認して頑強に抵抗するので,訴訟は長期化する。最高裁判決まで10年くらいかかる覚悟が要る。しかし,若い岡本さんを10年がかりの訴訟に縛り付けることは酷である。 他方,岡本さんの本心は,お金がほしいわけでなく,会社側の謝罪を求める点にあり,謝罪だけなら調停でも可能性がありそうである。そこで,私は,現実的選択として,訴訟ではなく調停申立てを行なうことにした。 5 調停成立までの経過 調停申立書は,添付資料1の通りであり,慰謝料100万円の請求とした。これは岡本さんの被害に比べると控えめな請求であった。 これに対し,A社が提出した答弁書では,予想通り,受動喫煙防止義務を強硬に否定していた。他の従業員は誰も受動喫煙で被害を生じておらず,岡本さんの被害は特異体質による例外であると主張し,全く反省していなかった。 そこで,こちらが出した切札が元同僚Bさんの報告書である。Bさんの報告書には,岡本さんの2年後輩であるBさんが入社初日から煙害に悩まされ,毎日が苦しくて親に相談したところ「空気清浄機を買ってあげるから会社に置きなさい」と言われ,自費で空気清浄機を自席に設置したこと,この事実は会社の上司も知っていたが,何もしてくれなかったこと,喫煙室である給湯室のドアーが常時開いているため煙が事務室に流れ込み分煙の効果がなかったことなどが詳しく記載してあり,A社の嘘を暴く決定的なものであった。これを読んだA社の弁護士は大変驚き,これまでの強硬な対決姿勢から早期解決姿勢に転じた。もし調停不調となって訴訟に移行した場合,Bさんが証人となってA社に不利な証言をすることは明らかであるから,A社の弁護士の方針転換は賢明であったと言える。その後は,調停成立に向けての条件交渉が始まった。A社が出した条件は,「相応の示談金を払うからマスコミ発表はしないで欲しい」ということであった。しかし,岡本さんが調停を起したのは,受動喫煙被害の深刻さを社会に知らせ職場の分煙を促進するためであるから,マスコミ発表をしないという要求は,絶対に飲めない。そこで,こちらから,「マスコミ発表は行なうが,A社の商号および経営者の氏名を匿名とする」という対案を出し,相手の了承を得た。 その後は,裁判所調停員を交えて調停条項を整備し,10月19日にめでたく調停成立となった。(資料2の調停条項参照)当方は,匿名の約束を守り,その後のマスコミ報道でもA社は「札幌市東区の会社」となっている。 6 調停成立の意義 1) 示談金額80万円のインパクト 80万円という金額は,全国の使用者に相当のインパクトがあると思われる。何故なら,従業員100人の会社が分煙対策を怠ると計算上は総額8000万円の慰謝料が必要となるからである。普通の使用者は,それなら分煙対策に金を使う方がよいと考えるであろう。また,賢明な使用者は,最も安上がりで完璧な対策は,職場内の全面禁煙だということに気づくであろう。 2) 調停の長所 これまで受動喫煙被害者達は,専ら訴訟という正攻法しか取らず敗訴を重ねてきた。しかし,正攻法は,原告にも弁護士にも,大きな覚悟と労力と出費を強いるものであるから,誰でも,どこでも,出来るものではない。 これに対し,今回私が採用したファーストチョイス(内容証明による損害賠償請求書の送付)やセカンドチョイス(調停申立)は,大きな覚悟も労力も出費も要らないという長所がある。 今回の調停に要した費用(実費)は1万円,期間は6ヶ月,開かれた調停期日は4回だけである。 しかも,調停なら全国どこにでもある簡易裁判所でできるし,被害者が自分で出頭するのが原則であるから弁護士も不要である。誰でも,どこでも,出来るのである。 3) 調停の気楽さ 今回初めて分煙調停をやってみたが,代理人としては精神的に大変気楽であった。調停は話合いによる解決を求めるものであるから,黒白をつける訴訟ほどストレスがかからないし,訴訟ほどの準備も要らない。うまく行かないときでも調停なら簡単に取り下げができるし,相手に非があるときは調停不調にして訴訟に移行することもできる。 しかも,調停期日を開くときは,裁判所が必ず相手に正規の呼出状を出すので,相手は無視することは出来ない。正当事由のない不出頭には,過料の制裁があるので,相手がちゃんとした会社なら必ず調停期日に出頭してくる。相手が出頭すれば,それなりの答弁をせざるを得ないし,いい加減な答弁なら裁判所も黙ってはいない。何らかの譲歩を勝ち取る可能性は訴訟より大きい。 要約すれば,調停は巨額の賠償金を支払わせるには不向きだが,弱い非喫煙労働者が無理解な使用者に反省を促し,謝罪や少額の慰謝料を求める手段としては,最適であると考える。 7 マスコミ作戦 今回の調停成功は,全国の受動喫煙被害者に大きな希望を与えるものであり,職場の分煙に無関心な会社経営者にも反省を促すものである。そこで,私は,マスコミにできるだけ大きく報道してもらうため,マスコミ作戦を展開した。10月19日に成立した調停の北海道新聞の報道が25日になったのは,マスコミ作戦に時間を要したからである。しかし,待った甲斐はあった。 北海道新聞社が第1面のトップニュースにしてくれたということは,この事件の報道価値を高く評価したということであり,同社の鋭い時代感覚を示している。追随した他紙もかなりのスペースをさいて報道してくれたことからも,今回の事件の歴史的価値は大きかったと思う。 その後,北海道新聞では,社説でも本件を取り上げ,家庭欄でも,受動喫煙被害のテーマで岡本さんの被害についても報道してくれた。岡本さんの熱意は,マスコミ報道によって報われたと言えよう。 調停作戦のみならずマスコミ作戦も大成功であった。 8 結び 今回のマスコミ報道は,職場の受動喫煙被害に関する社会的関心の高さを示すものであり,非喫煙者を守る会など市民団体の活動が重要であることを教えてくれた。 また,今回の事件で,被害者が泣き寝入りせず使用者に反省を求める手段として,調停という簡便な方法が意外に効果的であることが分かった。被害者の方々のご利用に供するため,資料として調停申立書と調停条項を添付したので,参考にしていただきたい。 参考資料 資料1:調停申立書(平成18年4月17日)(PDFファイル18KB) 資料2:調停条項(平成18年10月19日)(PDFファイル9KB) |
原著論文 | ||
タバコ自動販売機の諸問題 |
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(法)大橋胃腸肛門科外科医院院長 大橋勝英 |
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キーワード:たばこ事業法、自動販売機、未成年喫煙防止、タバコ広告、ICカード | ||
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Issues of Vending Machines for Cigarettes Katsuhide Ohashi President, Ohashi Gastrointestinal Proctologic Surgical Clinic Abstract: Vending machines had been increased until the year 2000. Now, the number of vending machines is approximately 620,000. These are seen on roadsides and in stores all over our country. This state is unparalleled in foreign countries. The popularization of vending machines is based on Tobacco Business Law in our country. Issues about vending machines The first issue: About half or more of junior high students gain access to cigarettes through vending machines and the rate only increases in high school. Sales from vending machines seem to play a large role in cigarette access by young people. The second issue: Most cases seem to correspond to Tobacco Business Law. The location of a sale office is not appropriate; when vending machines are installed in locations that make control of surveillance on sales of cigarettes difficult, such as locations away from stores; from the standpoint of preventing underage smoking. The third issue: The vending machines role in cigarette advertising, with various tempting images. The forth issue: The Japan Tobacco Society will provide the vending machines with a function for identification of adults by IC card in 2008. These factors will not drastically prevent underage smoking. Key words: Tobacco Business Law; vending machine; preventing underage smoking; cigarette advertising; IC card |
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写真の説明を変更しました。2007年2月7日 編集委員会 |
日本禁煙学会の対外活動記録 (2006年2月〜11月) |
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