2011年8月6日掲載 |
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp1105248 PERSPECTIVE n engl j med 365;3 nejm.196 org july 21, 2011 |
Smoking and Mental Illness − Breaking the Link 喫煙と精神疾患のつながりを断ち切る Judith J. Prochaska, Ph.D., M.P.H. (Department of Psychiatry, University of California, San Francisco, San Francisco.) (訳 松崎道幸@深川市立病院) |
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重症のうつ病で入院中の女性が「主治医に、ストレスで疲れきっているから禁煙は無理でしょうと言われたわ」と語っていました。「43年経ったけど、まだストレスがあるから、タバコも止められなかったわ」 この女性のジレンマは、医療者と、長年慢性の精神疾患と向き合う中でタバコ依存症を治療するための理想的なタイミングを求めてきた患者さんにはおなじみのものです。 精神疾患患者さんがタバコを吸うことはよくあることなので、多くの医療者は、それらが切っても切り離せない関係にあると受け止め、精神を病んでいる患者さんが禁煙することはとても難しいと思いこんでいるのが実情でしょう。これまで、精神疾患を患っている人々のタバコ使用率とタバコ関連疾患の罹患率と死亡率が不釣り合いに高い原因となっている社会システムと治療面の要因については、ほとんど解明されていませんでした。 20年前、医療機関評価合同委員会(JCAHO、以後合同委員会と呼ぶ)は、健康を守る使命を持っている病院が患者と職員を有害な受動喫煙にさらすことは許容できないとして、病院を禁煙とする連邦法を作るよう提案しました。精神疾患患者の支援組織は、タバコには精神疾患の治療に欠かせない精神安定効果があるから、病院内での喫煙を禁止すると患者の反乱が起きると警告しました。JCAHOは譲歩して、精神科病棟と薬物依存症治療病棟を禁煙から除外しました。しかし、自主的に院内禁煙を実施した精神病院では、患者さんの苦情はほとんどなく、職員の労働時間の節約もできました。 しかし、精神科治療施設が禁煙となっても、タバコ依存症の治療を行っている医療機関は稀なのが実情です。私どものグループが最近行った調査では、精神科病棟入院中の337名の喫煙者中、82%が禁煙を試みたことがあり、42%は最近1年以内に禁煙を試みた事があると回答しました。精神科あるは一般の医療スタッフから禁煙支援を受けた者はわずか4%でした。それどころか、精神科治療をきちんと受けた見返りに紙巻タバコのプレゼントを行っている精神科外来もまだ存在するのです。 精神疾患患者が喫煙によって受ける健康被害は破壊的です。喫煙をする重症の精神疾患患者のガン、肺疾患、心臓病リスクは高いため、一般の米国人よりも25年早く亡くなります。タバコ使用は精神疾患の治療にも悪い影響をもたらします。タバコには、ある種の抗うつ薬や抗精神薬の代謝を速める成分が含まれているので、それらの薬剤の血中濃度が低下し、治療効果が損なわれる恐れがあります。喫煙する統合失調症の患者さんでは、喫煙しない場合よりも、入院率と投薬量が高く、症状も重くなっていることが分かっています。メカニズムはよくわかっていませんが、タバコ使用が将来の自殺リスクの最大の予測因子の一つであることが明らかになっています。1 タバコ使用は、患者とその家族および社会全体に大きな社会的経済的損失をもたらします。公衆の利用する施設がどんどん禁煙となるにつれて、タバコを使用しているということで、すでに社会の周辺に追いやられている階層をさらに辺縁に追いこみます。 精神疾患患者にタバコ使用を続けさせる梃子となっている神話が五つあります。第一は、精神を病む者にとって、タバコ使用は自らを癒す行為(self-medication)として不可欠であるというものです。タバコ産業は、この自己治療仮説を広めるために研究費を出し、世間に発表し、JCAHOの禁煙法反対運動を支持し、大衆紙に記事を書かせ精神疾患患者にタバコを売り込んできました。2 ニコチンは強力な再強化薬物であり、精神疾患の有無にかかわらず、体に取り込まれると一時的に集中力と注意力を増加させます。しかし、精神疾患(うつ病、統合失調症、注意欠陥性障害など)の治療にタバコ使用を加えても、効果がないことが明らかになっています。これは、繰り返し使用することですぐに耐性ができることによるようです。精神疾患患者がタバコを使用しても、病気はよくならず、かえって別の災難を招くだけであると言うことが真実です。 第二の神話は、精神疾患患者は禁煙しようという気持ちがないということです。しかし調査をすると、これも間違いであることが分かっています。精神科の外来および入院患者さんを調査すると、禁煙を希望する率は一般住民と差がありませんでした。1 米国では、喫煙者の20〜25%が30日以内に禁煙したい、40%が6カ月以内に禁煙したいと答えていました。さらに、精神疾患を持つ喫煙者の禁煙希望率と、精神疾患の種類、重症度、他の薬物依存症の有無との関係は見られませんでした。 第三の神話は、精神疾患患者は禁煙をすることができない、というものです。タバコ依存症の治療は簡単というわけにはいかないが、タバコを吸う精神疾患患者を対象とした治療研究と系統的レビューを見ると、禁煙は不可能ではありません。禁煙を希望するうつ病患者に合わせた段階的治療を施すと、18ヶ月後に25%が禁煙していました。これは通常の禁煙治療(禁煙のアドバイス、専門機関への紹介)を受けたグループよりも明らかに高い成功率であり、一般住民の禁煙成功率と同じでした。1 PTSD治療に組み込まれた禁煙治療により禁煙成功率が2倍となったという報告もあります。3 統合失調症の患者を対象とした7件の無作為化プラセボ対象試験成績をまとめたところ、ブプロピオンを投与した群の6ヶ月後の禁煙成功率は、プラセボ群を3倍近く上回っていたことが分かりました。4 第四の神話は、タバコをやめると、ストレスをやり過ごす手段が減るため、メンタルヘルスを保つ働きが破たんして、精神疾患からの回復を妨げると多くの人々が思い込んでいることです。精神疾患の治療も同時に受けている喫煙者を対象とした五つの無作為試験によれば、禁煙に成功したことで、うつ病やPTSDが悪化したり、精神科への入院率が増加したり、アルコールや他の薬物乱用が増えるようなことは見られなかったということです。1 第五の神話は、急性の精神症状で苦しんでいる精神疾患患者にとって、遠い将来悪い結果がもたらされるかもしれない喫煙をやめるかどうかは、当面の緊急課題とはならないと考える人が少なくないことです。しかし、精神疾患患者は、精神疾患よりもタバコ関連疾患で寿命を縮めることのほうがずっと多いのです。タバコを吸う人は、喫煙には病気や病死を増やす危険があるというひどい結末を知っているので、医療専門家から禁煙の支援を受けたいと思っています。実際、タバコ使用の問題を患者さんに提起すると、患者さんと医療者間の意思疎通が増します。 精神疾患のある喫煙者は、そうでない喫煙者と同じように禁煙したいと思っており、また、実際に禁煙しても、精神疾患の改善を妨げる心配は全くないことが次第に明らかになってきています。精神疾患を持つ喫煙者の禁煙には多くの推奨治療薬が使用できます。(表参照) したがって、医療者はすべての患者さんにタバコ使用のことを話題とし、禁煙を勧め、禁煙への意欲を測り、それに応じて援助法を工夫し、フォローアップの予約をすべきです。今すぐ禁煙する気持ちのない喫煙者に対しては、禁煙のメリットと喫煙のリスクを詳しく説明し、禁煙に踏み切れない要因(ストレス、体重増加、ニコチン離脱症状など)への対処法を提供することが大事です。今すぐ禁煙したい人には、2週間以内で禁煙開始日を決めてもらい、(禁忌でない場合)禁煙治療薬を処方し、カウンセリングを受けられるように手配する必要があります。現在あるいは過去に精神疾患歴のある喫煙者に対しては、気分を調整する対処法を伝えるとよいでしょう。今施しているPTSDなどの疾患治療に禁煙治療を有機的に組み込むと、治療参加率が向上し、禁煙治療薬使用率が増え、禁煙成功率が高まります。3 患者との面談を続けることによって禁煙挑戦中の精神変化を見守り対策を講ずることが可能となります。再発率は高くなる可能性が大きいので、複数の種類の禁煙治療薬を投与したり、通常より長く投与する必要もあるかもしれません。 医療者と精神疾患患者支援組織、立法行政担当者が協力して、効果の確かめられた禁煙治療へのアクセスを増やす活動をすることが決定的に大事です。合同委員会は、来年一月に病院向け禁煙治療基準の改訂版を施行する予定です。この基準は、精神疾患の有無にかかわらずすべての入院患者である喫煙者に適用されます。全体的に言うと、メンタルヘルスの治療を完全禁煙の環境で行えるようにする、医療者に禁煙治療の研修を施す、喫煙の有無を必ずチェックできるシステムを作る、禁煙のアドバイスを行う、そして禁煙治療を実行したり、専門機関に紹介するなどの推進支援活動がもっと必要です。 精神疾患分野における禁煙治療は長く、険しい道を歩んできました。今まさに、すべての喫煙者が利用しやすい効果的な禁煙治療を広く行う時期が到来しました。 1. Hall SM, Prochaska JJ. Treatment of smokers with co-occurring disorders: emphasis on integration in mental health and addiction treatment settings. Annu Rev Clin Psychol 2009;5:409-31. 2. Prochaska JJ, Hall SM, Bero LA. Tobacco use among individuals with schizophrenia: what role has the tobacco industry played? Schizophr Bull 2008;34:555-67. 3. McFall M, Saxon AJ, Malte CA, et al. Integrating tobacco cessation into mental health care for posttraumatic stress disorder: a randomized controlled trial. JAMA 2010;304: 2485-93. 4. Tsoi DT, Porwal M, Webster AC. Efficacy and safety of bupropion for smoking cessation and reduction in schizophrenia: systematic review and meta-analysis. Br J Psychiatry 2010;196:346-53. 5. Fiore MC, Jaen CR, Baker TB, et al. Clinical practice guideline: treating tobacco use and dependence: 2008 update. Rockville, MD: Department of Health and Human Services, 2008. |
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